人生の終わり。
土曜日お通夜。
昨日の日曜日はお葬式。その後つま恋で演奏の仕事。
けさ起きたらなんだか体が重かった。
お線香の匂いがついた洋服もけさ早々にクリーニングへ出した。
お葬式の時、お坊さんが5人も来てお経を上げてくれたのだが、5人の声が重なってずーーっと聞いていると心地よい感覚になった。
お経もじっと聞いていられる歳になったんだな、と感じながら、おばあちゃんはこの部屋のどこかで自分のお葬式を眺めているのだろうか、などいろいろなことを思い巡らしていた。
悲しいけど、自分もこのときが必ず来て、自分の身が焼かれる時も「あぁ!待って焼かないで!」って自分の体を見つめる自分がいるのだろうか。。。とか。
パートナーはワタシよりも泣いていて、最後のお別れで親族がお花を棺の中に入れてあげているのにそこに近寄れないでいて、ただただ泣いていた。
この人、もしかしてワタシが死んでしまった時は泣き崩れすぎてワタシの体も拭いてはくれないかもしれない。ワタシの棺にも近づいてくれないかもしれない・・・とよぎった。
人は必ず生まれたからには死を迎え、そのときに自分は何を思うのだろう。
もっと生きたい。そう思うのか、十分やった。そう思うのか。
80まで生きるとしても、クリスマスはあと47回しか迎えられない。
なんでクリスマスを思い出したのかよくわからないが、そんな計算をしていた自分がいた。
夜はつま恋で如月祭での演奏。美味しいお料理と地酒の会。
そこでの演奏をしたのだが、終ってからなんだか昼間のお葬式がだいぶ前のように感じられた不思議な感覚になった。
昨日は本当に疲れたな・・・